
ケニアの公立病院における医療機器の調達・保守は、長年「リース契約」という形で民間企業に委ねられてきました。しかし2015年に始まった大型リース契約は上院委員会により「犯罪的企業」と断じられ、2025年には政府が仕組みそのものを刷新する新制度を立ち上げました。本記事では、旧制度の問題点と新制度Fee-for-Serviceモデルの仕組み、さらに国際金融公社(IFC)による民間向け機器ファイナンスの先行事例を整理し、日本企業が医療機器ファイナンス市場に参入する際の視点を考えます。
ケニア政府は2015年、GE East Africa Services、Philips Medical Systems Nederland、Shenzhen Mindray Bio Medical Electronics、Esteem Industries、Sysmex Europe、Bellcoの6社と、7年間のManaged Equipment Services(MES)契約を結びました。47県の公立病院98施設に透析・集中治療・画像診断機器などを配備する計画でしたが、ケニア上院の調査委員会はこの契約について「調達プロセスが不透明で、入札公告前から納入業者が実質的に決まっていた」と指摘し、契約総額約63億シリング規模の事業を「犯罪的企業」と断じる報告書を公表しました。委員会は、機器が過剰な価格で調達されていたこと、一部が粗悪または未納であったこと、さらに県政府への条件付き交付金が憲法上の手続きを経ずに保健省へ直接支払われていたことを問題点として挙げ、関与した公務員の訴追や関係企業の政府取引からの排除を勧告しています。
この反省を踏まえ、ルト大統領は2025年8月7日、ナイロビのState Houseで新制度「National Equipment Service Programme(NESP)」の立ち上げを発表しました。NESPは7年間の制度で、国・県政府は機器を購入せず、ベンダーが機器の供給・設置・保守を担い、社会保健機構(SHA)が提供されたサービスの実績に応じてベンダーに対価を支払う仕組みです。発表時点で、すでに18県29施設で6万件を超える医療サービスがこの仕組みの下で提供されたとされ、今後2カ月でCTスキャナー19台、超音波診断装置65台、デジタルX線装置58台、手術機器・検査室システム各100台が追加配備される計画が示されました。報道によれば、別のベンダーが第1段階としてCTスキャン診断機器98台や手術室・検査室機器各400台を全47県向けに配備する計画も進められています。旧MESとの大きな違いは、各県が必要な機器のリストと需要の妥当性を示すフィージビリティスタディを提出したうえで配備が決まる点で、トップダウンで契約を押し付けられた旧制度の反省が反映されています。
公的な大型リース契約とは別に、民間の中小医療機関向けの機器ファイナンスも広がっています。国際金融公社(IFC)は、Co-operative Bank of Kenyaと提携し「Africa Medical Equipment Facility」という融資枠組みを構築しました。従業員300人以下の診療所・病院・検査機関を対象に、最大2億シリングまで資産価値の90%を現地通貨で融資し、返済期間は通常36カ月のところを60カ月まで延長、金利も銀行業界平均の12.1%に対し10%に抑える条件を提示しています。この枠組みは総額3億米ドル規模で、ケニアのほかカメルーン、コートジボワール、ルワンダ、セネガル、タンザニア、ウガンダの医療事業者も対象です。Philips、GE Healthcare、Karl Storzといった機器メーカーがトレーニングで協力し、ノルウェー政府が資金面を支援している点も特徴です。公的セクターのNESPと、民間向けのIFC型ファイナンスという二つの資金調達チャネルが並走していることは、ケニアの医療機器市場に参入する企業にとって重要な前提知識になります。
第一に、NESPのFee-for-Serviceモデルでは、ベンダー自身が機器を保有し長期の保守・トレーニングまで責任を持つため、販売後のアフターサービス体制や人材育成に強みを持つ日本企業にとって評価されやすい土壌ができつつあります。短期の機器売却ではなく、保守契約まで含めた長期パートナーとしての提案が競争力につながるとみられます。
第二に、IFCのAfrica Medical Equipment Facilityのような現地銀行連携型の機器ファイナンスは、ケニアの中小クリニックやディアグノスティックセンターへ機器を供与する際の資金調達手段として活用できる可能性があります。自社で全額保証を抱えずに、現地金融機関の融資枠を使って販売・リースを進める設計を検討する余地があるでしょう。
第三に、旧MESのような調達不透明性のリスクは完全には払拭されていません。参入にあたっては、取引相手となる現地ベンダーや仲介者の実績、SHAからの支払いサイクルの実態、各県のフィージビリティスタディの運用状況を事前に確認し、政治案件化しやすい大型契約には慎重な契約設計とデューデリジェンスを行うことが欠かせません。最初の一歩としては、IFC系ファイナンスに参加する現地銀行や医療機器商社との対話を通じて、NESPベンダー登録の要件や既存の需要調査プロセスの実態を把握することが現実的な出発点になります。
ケニアは医療機器の調達を巡る大型スキャンダルを経て、Fee-for-Serviceを軸とするNESPへと制度を転換し、IFCによる中小医療機関向けファイナンスも並走しています。日本企業にとっては、保守・トレーニングを含む長期パートナーシップや現地金融機関との連携を通じた参入機会が広がる一方、調達プロセスの透明性を見極める慎重さも同時に求められます。