
2026年9月から10月にかけて、ケニアの保健分野では相反する二つの動きが同時に進んでいます。一つは、mpox(エムポックス)や麻疹、ポリオ、コレラといった複数の感染症への対応に追われる公衆衛生上の課題です。もう一つは、医薬品の国内生産比率を大きく引き上げようとする産業政策の推進です。さらに10月には、JICAがケニアと日本の医療分野での協業を後押しするセミナーを開催する予定です。本稿では、この3つの動きを取り上げ、日本企業が次の一手を考える上での材料を整理します。
世界保健機関(WHO)アフリカ地域事務局が9月30日時点でまとめた週次状況報告によると、ケニアは複数の公衆衛生上の緊急事態に同時対応しています。mpoxは2024年7月の流行開始以来の累計が1,322件・死亡20名に達し、2026年だけでも23郡で373件が報告されました。直近1週間でも新たに3件の確定例が確認されています。麻疹は2025年11月以降の累計報告が528件(うち確定113件)、死亡3名で、キリフィ郡カロレニ、ガリッサ郡ラグデラ、マルサビト郡モヤレの3郡で感染が継続中です。ポリオについては、ガリッサ郡ダダーブでワクチン由来ポリオウイルス2型(cVDPV2)の症例が1件確認され、人から人への感染経路は確認されていない「孤発例」として扱われています。さらに9月22日には、ナイロビのケニヤッタ大学でコレラの確定例が1件発生しました。患者の容体は安定しており、以降新規例は報告されていません。
加えて、隣国コンゴ民主共和国で発生しているブンディブギョウイルス病(BVD)の流行は、9月24日時点で確定例7,946件・死亡3,833名(致死率48.2%)に達し、記録上最大規模のBVD流行かつ史上2番目の規模のエボラ関連疾患流行とされています。ケニアはこの流行の越境リスクを踏まえ、7月の再評価で準備態勢スコアを66%から82%まで引き上げており、国境管理や感染制御体制の強化を進めています。
こうした感染症対応と並行して、ケニア政府は医薬品の国内生産拡大に向けた産業政策を打ち出しています。9月29日、保健大臣アデン・ドゥアレ氏は「2026-2030年版 保健関連製品・技術の国内製造戦略」のもと、2030年までに必須医薬品の少なくとも50%を国内で製造する目標を改めて表明しました。同氏は「真に信頼できる医薬品アクセスには、自国内または近い場所で製造された、品質が保証された製品が欠かせない」と述べています。
規制面では、医薬品・毒物委員会(Pharmacy and Poisons Board)がWHOの成熟度レベル3認証の取得に向けた準備を進めているほか、医薬品サプライチェーンを追跡する全国トレース・アンド・トレースシステムも導入されました。ドゥアレ氏は「規制はより賢く、より速く、よりデジタル化されたものになり得る」と述べ、アフリカ域内の規制調和を進め、国境を越えた医薬品アクセスの迅速化と重複審査の削減を呼びかけています。この方針は、9月下旬にナイロビで開催されたAfriSummit 2026(16の国家規制当局や業界関係者など450人以上が参加)でも共有されました。今後は、基礎的な充填・仕上げ工程から、原薬(API)や診断薬を含むより高度な製造工程への移行が焦点になるとみられます。
こうした規制調和と現地製造の動きを踏まえ、JICAは10月10日、「アフリカ保健医療市場の転換点~規制調和と現地製造が拓くケニア・日本ヘルスケア共創エコシステム~」と題したセミナーをJICA市ヶ谷ビルとオンラインのハイブリッド形式で開催します(10時~15時)。アフリカ大陸医薬品庁(AMA)やアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)の枠組みのもとで進む規制調和・市場統合の動き、ケニア・東アフリカにおける医薬品・ワクチン・診断薬の製造能力強化などが主なテーマです。対象は、アフリカ市場への参入を検討する日本企業、ケニアの規制当局や品質保証機関、両国の事業パートナーなどで、規制の相互承認(レライアンス)の仕組みや品質保証の枠組み、研究開発や官民連携の可能性についても議論される予定です。参加登録の締め切りは10月8日15時、定員は会場60名・オンライン500名となっています。
以上の3つの動きから、日本企業にとっては次のような機会とリスクが見えてきます。
ケニアは感染症対応という足元の課題と、医薬品の国内生産拡大という中長期の産業政策を同時に進めています。この両面を理解したうえで、規制当局との対話が進むタイミングを捉えることが、日本企業がアフリカ医療市場で着実な一歩を踏み出す鍵になるとみられます。