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ケニア独自の送金システムM-PESAの歴史と成功要因に迫る
公開日時:
2024/12/9 13:34
送金システムとは今や必要不可欠な社会的インフラである。人や物資の流通が活発になると、円滑な送金の需要も高まることは想像に容易く、送金システムの発達が、その国の経済の発展を左右すると言っても過言ではないかもしれない。こうした状況により、フィンテック(FinTech)と呼ばれる、テクノロジーを組み合わせた金融商品やサービスが生まれてきた。フィンテックは、多種多様なれど基本的にどの国においても必要とされるものである。アフリカのケニア共和国では、この10数年間でM-PESA(エムペサ)と呼ばれる携帯電話を介した送金方法が一般的になっている。今回の記事では、その特徴と普及の歴史、そして、それによって引き起こされたケニア国内の変化を考察する。
M-PESAとは、ケニアでトップシェアを持つ携帯電話会社のSafaricom社が提供している、携帯電話を使用した送金システムである。携帯電話による送金システムというと、PayPay等を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、このシステムが展開された当初、M-PESAは専用アプリを使わなくとも、携帯電話のSMSを通じて送金ができるという特徴を持っていた。
加えて、M-PESAは、Safaricom社が提携している実店舗で送金された金額を引き出すこともできる。いわば、金融機関による送金システムの最小限の機能が利用できるシステムなのである。そのほかにも、現在ではM-PESA経由でホテル等の予約もできるようになっている。
このサービスを提供するSafaricom社は、Vodaphone社傘下の企業で、ケニアとタンザニアの両国で携帯電話のトップシェアを持っている。
このM-PESAのサービスが始まったのは2007年3月のこと。すでに17年間も送金サービスとしてケニアの人々に広く認知されており、ケニアにおける経済発展のインフラとして、重要な地位を占めている。2023年の時点でケニアのGDPの59%がM-PESAのサービスによって生まれたものと計算されており、これは約200億件の取引件数に相当する。
現在、M-PESAはそのサービスの範囲を広げている。サービス開始当初は、個人間での送金が主な業務であったが、現在は同システムを利用してのB2B取引も可能である。また、M-PESA Globalという名前で、ケニアからドイツ・中国・アラブ首長国連邦の銀行へ送金できるようになっている。また、M-PESAは、現在、南アフリカ・タンザニア・インドなど、ケニア国外でも同様のサービスを提供している。
2024年現在、M-PESAで取引する顧客数は1か月当たり6000万人、1日あたりの取引金額は約10億USドルとなっている。
参考URL:Haas, S., Plyler, M., & Nagarajan, G. (2010). Outreach of M-PESA system in Kenya: Emerging trends. https://www.gsma.com/solutions-and-impact/connectivity-for-good/mobile-for-development/wp-content/uploads/2012/06/mpesakenyaagentoutreachd13.pdf
参考URL:Kenia, la cuna de los pagos a través del 'smartphone' | Economía | EL MUNDO
参考URL:M-PESA: Why The World’s First Large Mobile Payment Platform Keeps On Winning
参考URL:M-PESA Global
参考URL:M-PESA Africa
M-PESAのサービスを提供しているのは、Safaricom社というケニアの電話会社である。Safaricom社は1997年に設立され、当初はTelekom Kenya社という企業の子会社だったが、1998年にVodaphoneの傘下となる。その後、2Gや3Gの通信サービスの販売を通じて順調にケニア国内でのマーケットを拡大し、2024年時点では、同企業はケニア国内における携帯電話通信部門において65%ものマーケットシェアを確立している。ちなみにケニア国内の通信産業部門で第2位のシェアを持つAritel社のマーケットシェアは29%である。現在ケニア国内の通信産業は、Safaricom社の一人勝ちであるといえるだろう。

前述の通り、Safaricom社がM-PESAのサービスを始めたのは、2007年のことである。2000年代初頭から、Safaricom社のマーケットシェアは拡大傾向にあった。また、この年は最初のiphoneが発売された年であることからもわかるように、世界の主な携帯電話ユーザーはいわゆる「ガラケー」を使っていた時代である。この状況はケニアでも同様だったため、当初M-PESAはSMSを通じての送金サービスを販売することになった。つまり、SMSで送金をし、相手方はSMSを通じて送金された金額やコード番号等を入手する。そして、街中にあるM-PESAの代理店で、そのコード番号等を提示することで、送金された現金を受け取る、というシステムが出来上がったのである。
このM-PESAは、ケニアの経済において、急速にその役割を拡大させることになる。ローンチ直後の2007年4月から2009年の11月までの23か月間で、顧客数が52000人から860万人に増加した。また、同期間の個人間の送金金額の合計は、100万USドルから3億2800万USドルにまで増加した。つまり、M-PESAはわずか2年間で、顧客数では1.7倍、取引金額では328倍にまで成長したのである。
このように M-PESAはサービス販売当初からケニア国内のマーケットを席巻する勢いを見せていた。サービス開始当初の主な顧客はケニア国内の大都会に住む富裕層だったが、間もなく農村部に住む人々、特に女性が利用するようになった。
また、2008年に M-PESAはケニアでATMを運営する企業の一つであるPesaPoint社と提携し、ATMで現金を引き出すことができるシステムを構築した。当初M-PESAは、送金した資金の受け取りについては、街中にあるガソリンスタンドやネットカフェあるいはキオスコ等で受け取ることができるようなシステムであった。しかし、2008年からATMでの引き出しが可能になったことも、顧客数や取扱金額の増加を支える大きな要因となった。
M-PESAのサービスが本格的に提供されるようになって間もなく、携帯電話業界に大きな変化が訪れる。多くの人がガラケーからスマートフォンへ携帯電話の機種を変更するとともに、消費者が携帯電話に求める機能も増えることになった。携帯電話を利用してサービスを提供するM-PESAにとって、このガラケーからスマートフォンへの変化は、SMSを利用したサービスからの転換を意味していた。
スマートフォンがケニアでも一般的になるにつれ、M-PESAもSIMカードを利用したアプリでの送金・受信方法を採用するようになる。M-PESAのアプリを開発する際、参考にしたのが中国のアリババ社が持つアリペイ(Alipay)であった。現在、M-PESAのアプリは200万件の実質登録者数を誇る、アフリカ有数の有名アプリとなっている。このアプリを使う目的の47%はBtoBのビジネスである。

ここでは、M-PESAが発展した要因を考察する。まず、大前提として、M-PESA以前にはケニアには全国民がアクセスできるユニバーサルな銀行システムがほとんど存在していなかった。また、M-PESAが2007年にサービスを開始した頃に銀行に口座を持っていたのは、ケニア国民のわずか20%だけだったというデーターもある。つまり、ケニアの人口の8割以上が銀行に口座を持っていなかったのである。そして、そのように銀行口座を持てない多くの人たちは、農村部に住む比較的所得の低い人々であった。
農村部に住む人々が就職やそのほかの機会を求めて、大都市に移動する流れは決して珍しいものではない。もちろん、ケニアの首都ナイロビをはじめとする国内の大都市へ、ケニアの農村部から移動する人の流れも生まれた。しかし、大都市で仕事と賃金を得て、その賃金を故郷である出身地の農村へ送金しようとしても、人口の80%が銀行口座を持っていない状況では、銀行間送金は不可能ということになる。そのため、都会から農村部に送金する場合は、直接的に人の手を介した方法など、いわゆる「インフォーマル」な方法に頼ることがほとんどであった。こうした状況から、ケニア国内には、銀行間送金以外の新たな送金サービスの必要性が潜在的に存在していたと考えられる。
こうした、前提条件を加味したうえで、M-PESAがケニア国内で急速に発展し、国民の支持を集めた要因を考察しよう。
まず、第一の要因として、2000年代前半には、ケニアにはモバイル・バンキングに対する政府の規制がほとんどなかったことが挙げられる。この背景には、モバイル・バンキング自体が非常に新しい商品だったため、ケニア政府としても規制ができなかったことがあるだろう。
第二の要因として、M-PESAのサービスを提供しているSafaricom社自体が、既に資本の豊かなケニア国内で大企業であり、生産規模が大きくなればなるほど製品1つあたりの平均コストが下がるような、いわゆる「規模の経済」が効果を発揮しやすい状況にあったことがある。特に、Safaricom社は自身のケニア国内での携帯電話販売において、人口の大部分である比較的収入の低い人々を潜在的な消費者として設定していた。彼らが利用しやすいような小さな金額からでもアクセス可能な携帯電話サービスを形成したことにより、都会へ働きに出る人でも安心して家族のいる農村と連絡が取れるようになっていた。

第三の要因は、M-PESAは比較的小額で、個人間の送金をしたいと考える人をターゲットにしていたことが挙げられる。というのも、M-PESAのサービスがスタートした当初は、この商品のメインターゲットは、前述したような都会から農村部に送金をしたいと考える人たちだった。このような人々は、毎日あるいは毎週送金することが多いが、送金する金額自体は高額ではないことが多い。
例えば、2007年10月から2008年9月の12か月間で、ケニア国内で携帯電話を使った送金(ほとんどがM-PESA使用者と考えられる)の1回あたりの平均金額は3,000ケニアシリング(当時で言うと、日本円で約3,000円程)であるが、同時期の通常の銀行間取引における1回あたりの平均送金金額は6,400万ケニアシリングである。このように送金金額だけを見ると、通常の銀行間送金のほうが圧倒的に金額が大きい。しかし、同時期に送金が利用された回数を見てみると、通常の銀行間送金は1000回であるのに対し、携帯電話を使った送金回数は10万回を超えているのである。このことから、市場としては当時はニッチであったとしても、低い金額でも送金したいと考える人の数は非常に多いことがわかる。
前述のように、M-PESAを提供するSafaricom社は、自身の携帯電話の顧客層を人口の大部分である比較的収入の低い人々に設定していた。そのため、そうした人々のニーズを見抜き、M-PESAのような送金システムは利益を見込むことができると判断することができたのだろう。
第四の要因は、ガラケーの時代から、M-PESAを利用する時の携帯電話の操作が、簡単でわかりやすかったことにある。基本的には、M-PESAのサイトに入り、必要な機能(送金)等を選択し、相手方の電話番号を入れた後、送金金額や暗証番号を入力すればOKというものである。ちなみに、送金した金額を現金で受け取るときは、街中にあるガソリンスタンドやキオスコなど、Safaricom社と契約している店の店頭で、その暗証番号や電話番号等を提示することで、現金を受け取ることができる。送金した現金を受け取ることもシンプルで、わかりやすいものであることも、M-PESAの発展の要因となっている。

第五の要因は、M-PESAのシステムが、ガラケーからスマートフォンへの変化に上手く対応できたことにある。M-PESAがサービスを提供し始めた2007年はスマートフォンの創世期ともいえる時期だったため、ガラケー用のシステムを開発するとすぐに、スマートフォン用のアプリを開発する必要があった。また、ケニアで多くの人が使用しているスマートフォンはいわゆるスペックが低いことが多いため、そうした場合でも利用できるアプリをM-PESAが開発、その結果スマートフォンになってもM-PESAのアプリを利用しやすくなり、M-PESAの一層の市場拡大が可能となった。このように、M-PESAの市場拡大には、いくつもの要因が重なった結果であると言えるだろう。
参考URL The journey of Safaricom in Kenya, When did Safaricom start operations in Kenya, What has Safaricom achieved in Kenya for the last 18 years. - Newsblaze.co.ke
参考URL Safaricom: 20 Years of Transforming Kenya's Telecom Sector
参考URL:Safaricom Kenya's Market Share Hits 65.9%, Leaving Airtel at 29% - TechAfrica News
参考URL:世界のスマートフォン市場における熾烈な競争 | Statista
参考URL:Ngugi, B., Pelowski, M., & Ogembo, J. G. (2010). M‐pesa: A Case Study of the Critical Early Adopters’ Role in the Rapid Adoption of Mobile Money Banking in Kenya, The Electronic Journal of Information Systems in Developing Countries, 43(1), 1-16.
参考URL:Burns, S. (2015). Mobile money and financial development: The case of M-PESA in Kenya. Available at SSRN 2688585. file:///C:/Users/portatil/Downloads/ssrn-2688585.pdf
参考URL:Mas, I., & Morawczynski, O. (2009). Designing mobile money services: Lessons from M-PESA. innovations, 4(2). file:///C:/Users/portatil/Desktop/ssrn-1552753.pdf
参考URL:Fascinating Facts About M-PESA | Safaricom Newsroom
参考URL:Central Bank of Kenya & FSD Kenya. (2009). FinAccess National Survey 2009: Dynamics of Kenya’s changing financial landscape. Nairobi, Kenya: FSD Kenya. https://www.fsdkenya.org/finaccess/finaccess-national-survey-2009-dynamics-of-kenyas-changing-financial-landscape/
参考URL:Jack, W., Suri, T., & Sloan, M. I. T. (2010). The economics of M-PESA. Unpublished paper. https://www.gsma.com/solutions-and-impact/connectivity-for-good/mobile-for-development/wp-content/uploads/2012/06/mpesad1540.pdf
M-PESAという新しいテクノロジーを使った、新しい送金システムが生まれたことで、ケニアの社会はどのように変わったのだろうか。
まず、大きな変化の一つとして、農村部で女性の経済活動が盛んになったことが挙げられる。前述の通りM-PESAの主なユーザーは、農村から都会に出てきた人たちで、その大半が男性である。女性や高齢者、子供たちは農村で都会で働いている家族の男性メンバーからの送金を受け取ることになる。いわば女性が送金された資金を管理することになる。M-PESAには送金機能のほかに貯蓄機能もあるため、農村の女性でも安全に資金を管理することができるようになった。

そのように農村の女性たちが資金を管理する一方で、彼女たちはその資金を子供たちの教育のための環境整備や教育そのものに使うようになった。また、農村に住む女性たちがM-PESAを利用することで、銀行機能が自分たちの生活をよりよいものにする助けになることに気づき、一般的な商業銀行で口座を作るようになった人も増加した。インフォーマルな金融期間であったM-PESAが、フォーマルな銀行への顧客の橋渡しの役割も果たしたのである。
このように、女性が資金を使うようになり、主体的に経済活動の一端を占めるようになったことで、農村における男性と女性の格差が減少したように感じている女性も少なくない。もともと、男尊女卑の傾向が強かった(そして、おそらく今でもその傾向は強いであろう)ケニアの農村部で、女性の果たす役割の重要性が増えてきたことも、M-PESAによって生み出された影響であると考える事もできるだろう。
参考URL:White, Danielle, "The Social and Economic Impact of MPESA on the Lives of Women in the Fishing Industry on Lake Victoria" (2012). Independent Study Project (ISP) Collection. 1246. https://digitalcollections.sit.edu/isp_collection/1246
参考URL:Ndiaye, O. K. (2013). Is the success of M-Pesa empowering Kenyan rural women?. Feminist Africa, (18), 156-161. https://www.jstor.org/stable/pdf/48725832.pdf?refreqid=fastly-default%3Ab94362f8665df5f77c627f815238735e&ab_segments=&initiator=&acceptTC=1
今回の記事では、ケニアで生まれたM-PESAの歴史と、M-PESAがケニア社会に浸透した要因、そしてM-PESAによって生み出されたケニア社会の変化について考察した。
M-PESAはフィンテックとマイクロクレジットが、ケニアの国内にマッチする形で適切に組み合わされた結果生まれたサービスである。銀行ではない金融商品であったM-PESAが、市場を良く知るSafaricomのネットワークを生かして生み出したサービスを、確実に必要な人に必要な形で届けることができたことが、M-PESAの急速な発展の理由であると言えるだろう。
著者 對馬由佳理
北海道函館市出身、現在スペインのサラマンカ在住。サラマンカ大学でPhDを取得(ラテンアメリカ研究)後は、スペインでライターや通訳・翻訳者として活動中。
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この記事を書いたライター
對馬由佳理
ライター紹介 北海道函館市出身、現在スペインのサラマンカ在住。サラマンカ大学でPhDを取得(ラテンアメリカ研究)後は、スペインでライターや通訳・翻訳者として活動中。
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