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ケニアの保険制度改革に迫る!①NHIF(国家病院保険基金 )から SHIF(社会健康保険基金)へ改革の理由
公開日時:
2025/2/13 23:30
ケニアは1967年に公的健康保険制度「国家病院保険基金(NHIF)」を導入し、公務員や正式に雇用された労働者が医療を受けられる仕組みを整えた。しかし、それ以外の仕事に従事する人々は加入が難しく、医療格差が問題となっていた。2024年に導入された「社会健康保険基金(SHIF)」は、全国民を対象とし、収入に応じた保険料の徴収や、より幅広い医療サービスの提供を目指している。本記事ではその詳細に迫る。
人が生きていれば、けがをすることもあるし、病気になることもある。そんな時、頼りになるのが健康保険制度である。例えば、海外旅行中に体調を崩して病院に行く必要があったとしよう。その時、本当に心配なのは、病名よりも医療費がいくらか、という人少なくはい。このことは、いざというとき、健康保険制度がどれほどありがたい存在であるかを示す一例であろう。
近年、健康保険制度を変えた国の一つが、ケニアである。もともとケニアでは、1967年から国家病院保険基金(National Hospital Insurance Fund; 以下NHIFと記載)という公的健康保険制度が運用されていた。しかし、2024年10月からこのシステムが大幅に変更され、全国民を対象とした健康保険制度である、社会健康保険基金(Social Health Insurance Fund; 以下SHIFと記載)というシステムが採用されるようになった。このSHIFを運用しているのが、社会健康機関(Social Health Authority ; 以下SHAと記載)という国家機関である。
では、ケニアの健康保険制度の歴史やNHIFとSHIFの比較を通して、なぜケニアは健康保険制度を変える必要があったのか、という点を考察する。

ケニアは、この半世紀ほど常に、健康保険制度の確立を模索していた国である。その始まりは、この国が独立した1963年にさかのぼる。いわば、国ができたころから、健康保険制度を作ろうとしては、何らかの形で失敗するということを繰り返してきた経緯がある。
ケニアでNHIFが生まれたのは、1967年のことである。このころ、NHIFは健康省(Ministry of Health)の下にある半官半民の機関であった。このころNHIFに加入するのは、月に1000ケニアシリング以上の収入がある会社員(雇用されている人)で、該当者は月に20ケニアシリングがNHIFへ支払うシステムとなっていた。
1972年になると、ケニア政府はNHIFの対象者をいわゆるインフォーマル・セクターと呼ばれる部門まで広げることを決定し、この時点で該当者は月に60ケニアシリングをNHIFの費用として支払うことになった(ちなみに、インフォーマル・セクターとは、税収の対象とならず、不安定な雇用状況で社会保障制度によってカバーされていない経済部門のことを意味する)。
そして、NHIFの歴史において、最も大きな変化と考えられる出来事が1998年に発生する。それまで半官半民であったNHIFがこの年、国営企業となったのである。同時にこの年から公務員やフォーマル・セクター(つまり税金や社会保障を徴収されている企業)の労働者にはNHIFへの加入が義務付けられることになった。
同時に、インフォーマル・セクターの労働者によるNHIFは義務ではなく任意という形となった。もちろん、NHIFを支払わない人は病気になったとしても、NHIFのサービスを受けることはできない。つまり、この1998年の決定で、インフォーマル・セクターの人々がNHIFの恩恵を受けることが困難になったのである。ちなみに、この1998年の政策が実行されていた2005年の時点で、NHIFの加入が義務付けられた公務員やフォーマル・セクター労働者は毎月120ケニアシリング以上をNHIFに支払うことになり、彼らの平均月収は5000-5999ケニアシリングだった。一方、インフォーマル・セクターの労働者は、一律で毎月160ケニアシリングをNHIFに支払っていた。

そして、2010年にケニア政府は、再度NHIFの制度改革に着手する。この時の改革で、まず公務員に対するNHIFが特別に作られ、同時に、貧困層へは健康助成金という形で政府から補助金が出されることが決まった。また、この改革により、NHIFに加入率も増加した。
加えて、2013年には、NHIFにより女性の出産に関する費用が無料になった。この前までは、出産においても、そのサービスの使用者が病院へ出産費用を支払っていたのだが、2013年からは国が出産費用を支払うこととなった。
こうした経緯の中、2023年にケニアで社会健康保険法が制定され、SHIFが導入されるようになったのである。
参考URL https://www.nhif.or.ke/about-us/
参考URL https://theconversation.com/kenya-is-overhauling-its-national-healthcare-scheme-after-58-years-what-would-make-the-transition-less-painful-240963
参考URL Mathauer, I., Schmidt, J. O., & Wenyaa, M. (2008). Extending social health insurance to the informal sector in Kenya. An assessment of factors affecting demand. The International journal of health planning and management, 23(1), 51-68.https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/hpm.914
参考URL Abdille, A., & Waithaka, P. (2023). Innovation and Realization of Universal Health Care Coverage in Kenya: A Case of National Hospital Insurance Fund. International Journal of Business Strategies, 8(1), 62-78.file:///C:/Users/portatil/Desktop/1522-Article%20Text-5027-5636-10-20230702%20(1).pdf
参考URL Carrin, G., James, C., Adelhardt, M., Doetinchem, O., Eriki, P., Hassan, M., ... & Zipperer, M. (2007). Health financing reform in Kenya-assessing the social health insurance proposal. South African medical journal, 97(2), 130-135.https://www.ajol.info/index.php/samj/article/view/135638

さて、2024年から、NHIFからSHIFに移行したケニアだが、最初の疑問として、この2つの制度の違いはどのようなものなのか、という疑問が生まれるのではないだろうか。
健康保険制度について考察する場合、主に次の2つの観点から見てみることが重要である。最初の一つは「誰が健康保険制度のコストを支払うのか」という観点、もう一つは「誰が健康保険制度のサービスを受けられるのか」という観点である。
まず、健康保険制度のコストを支払う人の観点から、NHIFからSHIFを比較してみよう。NHIFの場合、支払うのは基本的に公務員あるいはフォーマル・セクターで働いている人であり、このような人たちがケガや病気をした時のための資金を事前に支払っておくという、拠出制のプリペイド式のシステムとして運営されていた。フォーマルセクター以外の人たちに関しては、前述の通り、加入したい人が支払う形だった。また、NHIFの場合、一人の労働者が支払う金額もひと月いくらという定額制であり、累進性が低いシステムとなっていた。
一方、SHIFは基本的にケニア国内の全労働者が収入の2.75%を健康保険料として支払う形で、コストがまかなわれている。しかし、SHIFでも高収入の人には別のプランが用意されており、例えば月収が2万ケニアシリングの人は、SHIFに550ケニアシリングを支払うことになる。月収が10万ケニアシリングの人は2750ケニアシリングを支払うことになる。つまり、NHIFと比較して、累進性が高いシステムとなっているのである。なお、失業者や低収入の労働者も月に1000ケニアシリングをSHIFに支払うことになるが、国が認定した失業者には13300ケニアシリングの補助金が支払われることになっている。また、SHIFの下ではケニアに12か月以上滞在する外国人にも、健康保険の支払い義務が課されている。
続いて、健康保険制度のサービス受ける人の観点から、NHIFからSHIFを比較する。まず基本的にはNHIFもSHIFも、健康保険(コスト)を支払った人がサービスを受けることができるシステムである。しかし、「家族」という単位で見ると、NHIFとSHIFの違いに気が付く。NHIFの場合、家族の中で一人NHIFを支払っている人がいる場合、その配偶者と5人の子供までが、医療サービスを受けることができた。一方、SHIFではケニア人の家族である限り配偶者も医療サービスを受けることができると同時に、子供の数の制限はない。
また、健康保険においては、加入することにより、どのような医療を受けることができるのか、ということも重要である。まず、NHIFでは入院(ICU含む)や手術がカバーされており、通院治療も妊娠もそして緊急治療もカバーされていた。また歯科治療や子供のワクチン接種もNHIFはカバーしていた。一方、SHIFでは一般的な通院治療から始まり、慢性病やがんなどの深刻な病気にたいする治療がほぼ受けられるようになっており、入院もカバーされる。加えて、SHIFではリハビリ費用や生活習慣病の検査、妊娠、小児医療、がん治療、ホスピス費用などもカバーされることになっている。このように比較すると、NHIFが提供していた医療サービスも決して狭い範囲のものではなかったが、SHIFの方がより高額で細分化された医療サービスの提供を目指していることがわかるだろう。
参考URL Jung, J. K. Social Health Insurance for Informal Sector on the path to Universal Health Coverage: A Case of Kenya National Hospital Insurance Fund (NHIF).https://www.researchgate.net/publication/353515922SocialHealthInsuranceforInformalSectoronthepathtoUniversalHealthCoverageACaseofKenyaNationalHospitalInsuranceFundNHIF
参考URL https://sha.go.ke/
参考URL https://www.cradvocatesllp.com/the-shift-from-nhif-to-shif-what-does-it-mean/
参考URL https://www.jua-kenya.com/what-types-of-healthcare-services-does-nhif-cover/
参考URL https://businesstoday.co.ke/shif-how-does-social-health-insurance-fund-in-kenya-work/
参考URL https://nation.africa/kenya/news/this-is-how-you-will-benefit-under-the-new-health-plan-4634042
参考URL https://kifedha.co.ke/blog/understanding-the-social-health-insurance-fund-shif-in-kenya/
参考URL https://www.the-star.co.ke/news/2024-01-22-explainer-difference-between-nhif-and-social-health-insurance-fund

2024年に発足したばかりのSHIFだが、その特徴として、第一にコストの負担者は基本的に働いている全ケニア国民になること、第二にSHIFで提供できる医療サービスはNHIFより幅広いものとなることの2つを挙げることができるであろう。
今まで見てきたように、NHIFは主に公務員やフォーマル・セクターで働いている人のための健康保険制度であった。しかし、SHIFの最大の目的は、NHIFで取り込むことができなかった、ケニア国内の中・低所得のインフォーマル・セクターの労働者を健康保険制度に取り入れることにある。
インフォーマル・セクターが、ケニアの経済に与える影響は決して小さなものではない。例えば、2013年から2017年の5年間で、インフォーマル・セクターは18600の職を生み出し、それは同じ時期にケニアで生まれた新しい職業の88%に当たる数字である。また、2019年時点でこのインフォーマル・セクターでは、約1500万人の人々が働いており、その60%が卸売小売業を営み、その後レストラン・宿泊業(20%)、製造業(10%)と続く。しかし、インフォーマル・セクターの職業は非常に不安定で、一般的に収入も低い。そのため、税金や社会保障費を支払うことが難しいのである。
また、往々にして健康保険を必要とするのは、フォーマル・セクターよりも、インフォーマル・セクターで働いている人であることが多い。前述のように、インフォーマル・セクターで働く人の方が危険な仕事をしていることも多い。加えて、収入が低いため病気予防などに十分な資金を充てることが困難になる。その結果、病気やけがをしやすくなり、健康保険制度を利用する必要に迫られやすくなる。こうした背景のため、SHIFはインフォーマル・セクターを健康保険制度に組み入れる必要があり、ケニア政府はNHIFからSHIFへ、健康保険システムを変更せざるを得なかったのである。
参考URL https://pearlradio.co.ke/2024/12/03/ncck-wants-sha-suspended-calls-kenyans-to-recall-mps/
参考URL Nungo, S., Filippon, J., & Russo, G. (2024). Social Health Insurance for Universal Health Coverage in Low and Middle-Income Countries (LMICs): a retrospective policy analysis of attainments, setbacks and equity implications of Kenya’s social health insurance model. BMJ open, 14(12), e085903.https://bmjopen.bmj.com/content/bmjopen/14/12/e085903.full.pdf
参考URL https://businesstoday.co.ke/shif-how-does-social-health-insurance-fund-in-kenya-work/
参考URL https://www.businessdailyafrica.com/bd/economy/high-court-declines-to-stop-shif-roll-out-4782466

今回の記事では、ケニアの健康保険制度の歴史的な変遷と、2024年から新しく運用されることになったSHIFについて、その特徴と目的について考察した。
SHIFは健康保険制度のケニア国内におけるユニバーサル化を目指しており、ケニア政府肝いりの政策でもある。しかし、今まで制度に組み込まれていなかったインフォーマル・セクターの人々を組み込んでいるため、現在さまざまな議論や問題が起こっているであろうことも想像に難くない。
必要な人のもとへ、必要な医療が届く国になるために、ケニアの挑戦は始まったばかりである。
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著者 對馬由佳理
北海道函館市出身、現在スペインのサラマンカ在住。サラマンカ大学でPhD(ラテンアメリカ研究)を取得後は、スペインでライターや通訳・翻訳者として活動中。
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この記事に関するお問い合わせや、アフリカビジネスに関するご相談は、Email [info@aa-healthdynamics.com]までお気軽にどうぞ!
この記事を書いたライター
對馬由佳理
ライター紹介 北海道函館市出身、現在スペインのサラマンカ在住。サラマンカ大学でPhDを取得(ラテンアメリカ研究)後は、スペインでライターや通訳・翻訳者として活動中。
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