
南アフリカでは、国民皆保険制度の実現を目指す国民健康保険法(National Health Insurance Act、以下NHI法)を巡り、2024年の大統領署名から2年以上が経過した今も本格施行に至っていません。一方で医療機器・体外診断薬(IVD)の規制当局であるSAHPRA(South African Health Products Regulatory Authority)は、登録制度の整備を着実に進めています。制度が足踏みする一方で規制が前進するという南アフリカの現状を整理し、参入を検討する日本企業が押さえておくべき論点を解説します。
NHI法は、南アフリカ国内の医療費を公的資金で一元的にカバーすることを目指す法律で、ラマポーザ大統領が2024年5月に署名し成立しました。同法は公的な医療基金を通じて医療サービスの費用を賄う仕組みを想定しており、2023年からの第1段階、2026年以降の第2段階という2段階で導入が計画されているとみられます。世界保健機関(WHO)アフリカ地域事務局は同法の成立を歓迎する声明を発表し、南アフリカの医療アクセス格差是正に向けた一歩と位置づけました。
NHI法の成立後、南アフリカ医師会(SAMA)や医療保険基金協議会(BHF)、私立病院団体(HASA)、大手医療保険会社ディスカバリー・ヘルスなど複数の団体が、法案審議時の意見公募(パブリック・パーティシペーション)手続きの適法性などを争って提訴しました。南アフリカ政府広報機関SAnewsによれば、ラマポーザ大統領は2026年2月24日、憲法裁判所が判断を示すまでNHI法の各条項の施行(布告)を見送ることに合意し、この合意は裁判所命令として確定しています。憲法裁判所は2026年5月、医師の勤務地を制限する「必要性証明書(Certificate of Need)」制度を違憲と判断しましたが、これはNHI法の根幹には当たらないとされ、保健省のモツォアレディ大臣はNHI政策自体は継続すると説明しています。もっとも、NHI法の成立過程そのものの適法性を問う本体訴訟については2026年9月時点で判断が示されておらず、判決は2027年にずれ込む可能性があるとみられています。
医療機器・IVDの規制を担うSAHPRAは、クラスC・Dに区分される高リスク医療機器について製品登録を義務付ける制度の整備を進めています。2025年6月1日以降、医療機器の製造・販売許可(establishment licence)の新規・更新申請にはISO 13485:2016認証の提示が必須となりました。SAHPRAはさらに、HIVやTBの検査機器を含む高リスク製品を対象とした「医療機器登録任意フィージビリティスタディ」を実施しており、2026年9月9日には第2フェーズへの参加意向表明の締め切りを延長する追補を公表しています。同年8月24日には医療機器規制案(Draft Medical Devices Regulations)について外部専門家によるレビューの公募も開始しており、規制の枠組みは現在も策定途上にあるとみられます。
NHI法を巡る係争が長期化する中、ディスカバリー・ヘルスなど民間医療保険会社を通じた医療アクセスは当面存続するとみられます。私立病院や民間保険加入者は南アフリカの医療サービス利用者の中でも購買力の高い層とされており、NHI法の帰趨が定まらない現段階では、医療機器・医薬品メーカーにとって私立病院・民間保険チャネルが引き続き主要な事業機会になるとみられます。一方でSAHPRAの登録制度やISO 13485要件は係争の有無にかかわらず独立して進行しており、市場参入の実務面ではこちらへの対応がより直接的な課題になります。
南アフリカでは、国民皆保険を目指すNHI法が憲法裁判所の判断待ちで停滞する一方、医療機器規制SAHPRAは登録制度とISO 13485要件の整備を着実に進めています。制度面と規制面それぞれの進捗を分けて捉え、司法判断や規制改定の続報を注視しながら参入戦略を検討することが重要です。