
アフリカの医療現場を「景色」として届けるポッドキャスト『アフリカ医景(イケイ)』。 ホストを務めるのは、アフリカと日本でヘルスケア事業を展開する AA Health Dynamics 代表・原健太と、アシスタントの守岡。 記念すべき第1回は、原のこれまでの歩み――農学修士から青年海外協力隊、URA、そしてケニアでの起業へ――を辿りながら、「なぜ、医師でもない自分がアフリカで医療事業をやっているのか」という問いに向き合います。 パプアニューギニアでの100円の消毒液、ケニアで自身が患者になったときの体験、現地の文化と医学の衝突。番組タイトルに込めた思いと、3つの約束まで。第1回は、この番組の"地図"となる回です。
原: こんにちは。『アフリカ医景』の原です。
守岡: こんにちは。アシスタントの守岡です。
原: この番組は、医療という窓からアフリカ大陸を眺める――そんな、ちょっと変わった視点で毎週お話ししていきます。医療というと堅いテーマに聞こえるかもしれませんが、医療の現場こそ、その国の一番リアルな景色が見える場所だと私は思っています。だから "医景(イケイ)"。医療の「医」に、景色の「景」。今日もよろしくお願いします。
守岡: さて原さん、今日はどんな景色を見せてもらえるんですか。
原: 今日は第1回ですので、まずは自己紹介からさせてください。
守岡: はい、お願いします。改めて伺うのは初めてかもしれないですね。
原: そうですね。いつもZoomミーティングばかりですから(笑)。
原: 私は原健太と申します。AA Health Dynamics株式会社という会社を経営し、アフリカと日本でヘルスケア事業を展開しています。もう少し具体的に言うと、アフリカの医療現場をより持続可能な形にするため、ビジネスと国際協力の両面から支援を届ける領域で事業を行っています。
守岡: 「ヘルスケア × アフリカ」という組み合わせは、日本ではまだあまり聞き慣れない気がします。
原: そうなんです。自己紹介をすると、ほぼ100%の確率で「どういうことですか? 国際協力の人ですか? それともお医者さんですか?」と聞き返されます。
守岡: 原さん、お医者さんではないんですよね。
原: はい、私は医師ではありません。ただ、医療を通じて現地の課題を改善したいという思いで活動しています。
原: 私の経歴を少しお話しします。
東京農業大学の修士課程を修了後、同大学の副学長付助手として勤務しました。その後、青年海外協力隊の「野菜栽培隊員」としてサモア独立国へ渡りました。
肩書きは野菜栽培隊員でしたが、配属先はサモア看護師協会。サモアは「世界一肥満な国」とも言われ、女性の平均体重が約80kgあるというデータもあります。そこで、野菜の栽培や摂取を通じて生活習慣病を改善するという、健康問題にアプローチする活動をしていました。
帰国後は立命館大学で、URA(ユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレーター)として先生方の研究支援を行いました。研究資金の獲得や、獲得後の予算運用などです。特に文部科学省の「センター・オブ・イノベーション(COI)」というプロジェクト専門のURAとして、大学技術の社会実装に携わりました。
携わったのが、**着るだけでバイタルデータを測定できる「スマートセンシングウェア」**の社会実装プロジェクトです。大学の優れた技術が特許切れなどで消えてしまうのを防ぎ、日本だけでなく世界中で使われるようにしたい――そんな思いが当時からありました。
原: 立命館に3年勤めた後、博士課程に進む決意をしました。博士号はよく「足の裏の米粒」と言われるんですよ。どういう意味だと思います?
守岡: 分からないです。ベタベタしている感じですか?
原: もうちょっと考えてみて。
守岡: 踏んでもあまり気づかない、痛くない…?
原: 正解は「取らないと気になるけれど、取っても食えない」です(笑)。修士まで行くとやはり欲しくなるものですが、それだけでは食べていけない。でも私にとってはアフリカへ行く重要なきっかけになりました。
原: 2018年、ありがたいことに国連大学の予算などを活用した研究プロジェクトで初めてアフリカに行きました。ケニアでの活動中、予防医療を展開していた「アフリカスキャン」という会社に出会ったんです。
もともとヘルスケアで事業を起こしたいと思っていたので、そこに入って支社長として事業を展開しようと考えていた矢先――コロナ禍が始まりました。
ケニアもロックダウン。未知のウイルスで、さすがにアフリカで死ぬのは嫌だなと(笑)、いったん日本に帰国しました。それから3年ほどは、日本から遠隔で現地のオペレーションや事業開発を行っていました。
現在は医療教育事業と医療機器ファイナンス事業の二軸で、加えて日本企業向けのコンサルティング事業も行っています。現地では医師のサポートを行い、日本向けには培ったノウハウやネットワークを提供しています。
守岡: なるほど。医療をビジネスの側から立ち上げていくという姿勢なのですね。
原: そうですね。私は医療そのものを直接提供するのではなく、**「医療が適切に届くための仕組み作り」**を事業として追求しています。
守岡: 原さんは、なぜアフリカで医療事業に取り組まれるようになったのでしょうか。
原: この質問はよく受けますが、答えるたびに自分の中での解像度も上がっていきます。
理由の一つは、市場としての圧倒的な**「伸び代」**です。私のような30代後半の世代は、日本経済が右肩上がりに成長する時代を経験していません。一方で、いわゆる「グローバルサウス」に目を向ければ、凄まじい勢いで経済成長が続いている。そういうところに身を置いてみたかった。
その原動力となっているのが人口増加です。人口が増えることは、市場が拡大する最も大きな要素。日本のような既存のプレイヤーが入り込む余地があり、かつ自分たちが貢献できる「ラストフロンティア」はどこか――と考えたとき、それはやはりアフリカだったのです。
守岡: ビジネスとしての可能性以外には、どんな理由がありますか?
原: 私の原体験は、アフリカへ行く前のサモアやパプアニューギニアでの経験にあります。
特に印象深いのが、パプアニューギニアのインフラも整っていない村に滞在した時のこと。現地の人が農作業中に鎌で膝を切ってしまったのですが、彼らはその辺に生えている葉っぱを傷口に当てて止血していました。しかしそれでは菌が入り、足がパンパンに腫れ上がってしまう。
私は学生を引率する立場だったので、100円ショップで買った消毒液や包帯を持っていました。それで手当てをしたところ、翌日には「お前の薬はすごい、腫れなかったぞ!」と大変喜ばれた。
私にとっては、たかだか100円の消毒液です。しかし、正しい知識とモノがあるかどうかで、その後の経過(予後)が劇的に変わる。途上国では適切な処置ができないために感染症が悪化し、最悪の場合は足を切断したり、死に至ったりすることもあります。
医療従事者でなくても、適切なモノと知識へのアクセスを提供することで人の命を救える――この「医療の原点」を目の当たりにしたことが、今の活動の根底にあります。
原: もう一つ、ケニアでの実体験も大きいです。
コロナ禍の直前、私は肺炎のような症状にかかりました。1ヶ月近く咳が止まらず、現地の病院を転々としました。最初の小さな病院では「ただの風邪だ」と言われ、薬を飲んでも良くならない。別の病院でも同様。
最後に行った大きな病院では、夜中に駆け込んだのに診察まで5~6時間も待たされました。スタジアムにあるような硬い椅子に座って、具合が悪い中で放置される――本当に辛かったです。
さらに驚いたのは、検査に出した検体が紛失してしまったこと。ようやく治療方針が決まり、気管支鏡検査を受けて回復しましたが、一歩間違えれば死んでいたかもしれません。
アフリカでは、誤診が非常に多いのが現状です。原因を特定するための検査や診断のプロセスが不十分で、根本的な解決に至らないことが多い。
守岡: 「お医者さんに行けば原因が分かり、薬を飲めば治る」という日本での当たり前が、アフリカではあまり通用しないんですね。
原: そうなんです。患者側に知識がないと、医療はあまり信じられない――そういう現状があります。
守岡: アフリカでの医療というと、ボランティアや善意による活動というイメージを持つ方も多いと思います。原さんの中ではどう整理されていますか?
原: 私は社会貢献(ソーシャル)と利益(プロフィット)を両立させることを重視しています。前職の社長もよく口にしていた言葉です。
アフリカの人々は、本当に自分たちに必要なものにしかお金を払いません。日本のように「あってもなくてもいいもの」が溢れている環境とは違います(もちろん収入の層によっても変わりますが)。
彼らが直面している根本的な課題を解決し、対価をいただく。そのサイクルを作ることこそが、一過性の支援ではない持続可能な医療支援の形だと信じています。
守岡: アフリカで医療ビジネスを展開する中で、日本との違いや難しさを感じる部分はありますか?
原: やはりカルチャーの違いは非常に大きいですね。
例えば、公衆衛生の観点からコンドームの普及活動を行う際の話です。日本的な感覚だと「相手を本当に大切に思うなら、避妊具をつけるべきだ」と考えますよね。
しかし、アフリカの現場では全く逆の反応が返ってくることがあるんです。**「私を本当に愛しているなら、コンドームなんてつけないで」**と。
彼らにとって、避妊具を使うことは「浮気をしているから」や「遊びの相手だから」という文脈に捉えられてしまう。
守岡: 医学的な正解と、現地の感情的な正解がぶつかってしまうのですね。
原: そうなんです。「子供が生まれてもいいと思えないなら、あなたは私を遊びの相手だと思っているのね」という論理になってしまう。
どれだけ医学的に「感染症予防のために重要だ」と説いても、現地のカルチャーや感情に深く踏み込まなければ、本当の意味で仕組みを浸透させるのは難しい。これは現地で活動してみて初めて分かった面白さであり、難しさでもありますね。
守岡: 番組タイトルの「アフリカ医景」という言葉について、詳しく伺えますか。
原: これは私の造語です。
守岡: 辞書を引いても出てこないですよね。
原: 医療の「医」に景色の「景」で、**「医療という窓から眺めた、アフリカ大陸の景色」**という意味を込めています。
私は医師ではありません。だからこそ、医療の専門技術を語るのではなく、医療の現場に身を置くことで見えてくる、人々の暮らしやインフラ、社会のありようを「景色」としてお伝えしたい。第三者の視点で、アフリカという巨大な大陸のリアルを切り取っていきたいと考えています。
守岡: 医療を通して、その国や地域の全体像を映し出していくというイメージですね。
原: その通りです。医療という場所は、マクロな社会情勢からミクロな個人の生活までがすべて繋がって見える「観測地点」のようなもの。そこから見える景色を、ありのままにお話ししていきたいと思っています。
守岡: 番組タイトルにピッタリだなと思いました。
原: また、この番組では「フィールドノート」というスタイルを大切にしたいと考えています。
守岡: フィールドノートって、現場で書くノートでしたっけ?
原: そうです。研究者が調査地で書き留める「走り書きのメモ」のように、完成された物語ではなく、現場で感じたナマの感覚を届けたい。そのために、3つの約束を決めました。
① 一次情報を大切にする 自分が実際に見て、聞いて、触れた経験をベースに話す。
② 結論を急がない 分からないことは「分からない」ままにしておく。現場の葛藤や途中経過も共有する。
③ 善悪で裁かない 良い・悪いの二元論ではなく、あくまで「景色」としてありのままに語る。
守岡: 「結論を急がない」というのは新鮮ですね。
原: アフリカの事業は、数年経ってようやく答えが見えてくることも多いですから。リスナーの皆さんと一緒に考え、対話を深めていけるような番組にしたいですね。
守岡: そしてここで、皆さんにお知らせがあるんですよね?
原: 初めての放送ですので、一言でもいいので感想をいただけると嬉しいです。「こんなテーマが知りたい」「アフリカの医療ってどうなっているの?」といった質問も大歓迎です。
窓口は3つご用意しています。
いただいたコメントは番組内でも積極的に取り上げ、皆さんの視点も交えながら、新しい「景色」を描いていければと思います。
原: 『アフリカ医景』は毎週配信していきます。
守岡: 次回もお楽しみに。
原: それではまた、次の景色で。