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ケニアの 保険制度改革に迫る!③2024年に発足した社会健康保険基金(SHIF)とは
公開日時:
2025/3/6 23:30
ケニアの健康保険制度は、かつて国家病院保険基金(National Hospital Insurance Fund; 以下NHIFと記載)と呼ばれていたシステムが、60年近くにわたり維持されていた。しかし、2024年10月にこのNHIFから社会健康保険基金(Social Health Insurance Fund; 以下SHIFと記載)というシステムが採用されるようになった。新しいSHIFは、NHIFと異なる点も多いうえに、発足時に大きな混乱を巻き起こしたこともあり、ケニア国外の国々でも注目されたという経緯がある。今回の記事では、新しく発足したばかりのSHIFについて考察する。
財源の移行の遅れ
ケニア政府がNHIFを廃止し、SHIFの導入を発表したのは、2022年のことだった。2023年にはSHIF設立に必要な法案である社会健康保険法(Social Health Insurance Act)がケニアの国会で承認され、ここから本格的な健康保険制度の移行プロセスが始まった。
しかし、旧システムであるNHIFからSHIFへの移行時には、様々な問題が発生した。
最初の問題は、NHIFからSHIFの財源の移行がスムーズにいかず、病院関係の施設や用具等の費用の支払いに遅れが生じていたことがある。そしてこの支払いの遅れは、農村部や地方の小さな病院になるほど、大きな影響を与えていた。

国民への周知の遅れ
第2の問題は、ケニアの国民全体にSHIFへの移行の仕方が正しく伝わっておらず、その結果、NHIFからSHIFへの移行期間に自己負担で治療を受ける人が増加してしまったことである。ちなみにこの時の自己負担は、後日SHIFへ完全にこうした時点で、返金されることにはなっている。
医療者との契約締結の遅れ
第3の問題は、SHIFと現場で働く医療従事者や医療関係者とで、SHIFの運用のために行う契約締結が速やかに完了できなかったことだ。このため、治療を受けられない患者が現れるまでとなった。
上記の3つの問題の中で、最も重要な問題は、第2の問題に関するものである。NHIFからSHIFの移行に関して、ケニア国民に情報が正しく効果的に伝わっていなかったことから、SHIFへ加入する人の数がなかなか伸びなかったという現実がある。2024年10月のSHIF発足時点でSHIFへの登録を完了していたのは、わずか全ケニアで190万人だったのである。ケニアの人口は約5400万人なので、SHIF開始時点で登録していたケニア人は、人口のわずか3.5%だったということになる。
また、NHIFから1000万人分の加入者データーがSHIFに移行される予定であったが、実際に無事に移行できたのは700万人分だけだったとも言われている。多めに見積もった場合でも、190万人+700万人=890万人が発足直後のSHIFの加入人口となる。これはケニアの人口の全体のわずか約16.5%に当たる数字である。
ケニアには約60年前から康保険制度が存在していていたものの、そのシステムはユニバーサルなものではなかった。そのために、ユニバーサルな健康保険システムというものを、国民全体が理解する時間が必要なのであろう。
参考URL https://nation.africa/kenya/health/how-to-make-kenya-s-nhif-shif-transition-less-painful-4793120
参考URL https://www.the-star.co.ke/news/realtime/2024-01-22-explainer-difference-between-nhif-and-social-health-insurance-fund
参考URL https://bowmanslaw.com/insights/kenya-transition-to-the-social-health-insurance-fund-shif/
参考URL https://www.capitalfm.co.ke/news/2025/02/health-ministry-blames-funding-gaps-for-delayed-social-health-authority-rollout/
参考URL https://www.theafricareport.com/363976/kenya-patients-suffer-as-new-healthcare-system-failures-cause-chaos/
参考URL https://www.businessdailyafrica.com/bd/opinion-analysis/columnists/how-to-reduce-pain-in-kenya-shift-to-new-healthcare-plan-4794922
参考URL https://sha.go.ke/
以前の記事で、健康保険は3つの部門が機能することにより、成立するシステムであると述べた。
第1は保険料を徴収する部門であり、「誰が保険料を支払うのか」ということが重要な問題となる。第2は集めた保険料をプール・管理する部門であり、「誰が(あるいはどのような組織が)徴収した保険料を運営・管理するのか」ということが重要になってくる。第3は保険料を支払う部門で、「誰に、どのような医療サービスを提供するのか」ということが重要な問題となる。

SHIFも上記の3つの視点から分析することで、その構造と運営システムを考察することにしよう。
まず最初に問題になってくるのが、「誰が、いくら保険料を支払うのか」という問題である。SHIFでは、基本的には、ケニア国内で働いている人全員が保険料を支払う義務があり、月収の2.75%をSHIFに保険料として支払うことになっている。ちなみに、この保険料を支払う義務があるのは、毎月300ケニアシリング以上の収入のある人だけになるので、計算すると、8.25ケニアシリングが月々に人々が支払う最低の保険料となる。
また、この「毎月300ケニアシリング以上の月収のある人は、その月収の2.75%を保険料として支払う」という条件は、家庭の専業主婦(専業主夫)にも適用される条件となっている。
実は、社会健康保険法をケニア政府内で作っている時には、保険料を支払う最低月収を当初は500ケニアシリングとする案もあった。しかし、最終的には最低月収が引き下げられ、300ケニアシリングとなった。
そして、SHIFとNHIFの最大の違いの一つはこの保険料の算出方法にあるということに、注目する必要があるだろう。SHIFは月収の2.75%というパーセンテージ方式であるが、NHIFは月収金額に対して保険料がいくらという形の、月収に応じた定額制度であった。
保険料が定額制度からパーセンテージ方式に変更された理由の一つは、SHIFは全ケニア国民が加入し、全ケニア国民がその恩恵を受けることができるような、ユニバーサルな健康保険システムになるためであったと言えるだろう。前身のNHIFは基本的に公務員や準国家公務員のような職業の人が主に加入しており、こうした人々は基本的に毎月定額の収入が保障されていた。そのため、NHIFでは保険料を定額にしていても、徴収することができた。
しかし、ケニアの労働人口の70%から80%はインフォーマル・セクターの労働者によって支えられており、彼らは毎月一定額の収入があるわけではない。そのため、毎月定額を支払う形の健康保険は加入することが難しかったのである。
SHIFでは、保険料は収入に対するパーセンテージ方式である。そのため、収入の少ないときは必然的に支払う保険料も少額になるので、収入が不安定な人でも加入しやすいというメリットがある。
このように、保険料の計算方法の変化には、健康保険制度を本当の意味でユニバーサルなものにしようという、ケニア政府の意図が存在しているのである。

ちなみに、SHIFに加入の義務があるのは、18歳以上のケニア国籍を持つ人全員となっており、その中には学生や定年退職者、自営業者も含まれる。また、ケニアに12か月以上合法的に居住する外国人にも、SHIFへの加入の義務がある。また、ケニアの地域によっては、子供の出生証明書などIDカードが手に入らない地域というのも、いまだに存在しているが、そうした場合でもSHIFに加入する方法は準備されている。
また、SHIFの加入方法は複数あり、携帯電話の自動音声案内で自身のIDナンバーなどを入力する形で加入する方法やSHIFのウェブサイトから自分でアカウントを作ることで加入する方法、そしてSHIFの事務所に行って対面による手続きで加入する方法の3通りある。
SHIFを管理・運営するのは、社会健康機関(Social Health Authority; 以下 SHAと省略)という国営公社である。2023年に設立されたSHAは、全ケニア国民に平等に安全な健康保険システムを提供することを、その目的としている。
SHAは、法律上では3つの基金(FUND)を管理するために作られた組織となっている。一つは一次医療基金 (Primary Healthcare Fund) と呼ばれるものであり、2つ目は社会健康保険基金(The Social Healh Insurance Fund;SHIF)である。そして、3つ目が緊急・慢性病・重症疾患基金(The Emergency, Chronic, and Critical Illness Fund)である。ここからわかるように、この記事で話しているSHIFは、正式にはSHAの中にある1つの基金であり、SHAはこの基金を管理・運営することがその業務となっている。

SHAが管理するのは、ケニア国内にあるすべての公立の病院や診療所である。2023年現在、ケニア国内には3956の公立病院や医院があるが、SHAはその3956の公立病院・医院を管理しているということになる。
そのため、SHIFの加入者はケニア国内の3956公立の病院や診療所をどこでも利用できるようになった。もちろん通院したい、あるいは入院したい病院も公立病院であればSHIFの加入者が自由に選択できる。なお、SHIFのサービスは歯科でも利用可能である。
実は、SHA設立時に、前身となるNHIFのネットワークに入っていた約600の民間(Private)病院がSHIFのシステムに加わらないことを選択している(なお、ケニア国内の民間病院の数は、2023年時点で、2652あったと言われている)。というのも、NHIF時代にケニア政府から民間病院側に支払われるべきだった約300億ケニアシリングの債務が存在していたためである。
全ケニア国民に平等に健康保険システムを提供するためには、保険料を負担する人を増やすことも重要である。それと同時に、活動拠点となる病院・医院のネットワークを構築し、ケニア国内のどこにいても、スムーズに最適な医療を受けることができるようになることも、やはり重要である。
SHIFに関するSHAの活動を見る時には、保険料の負担、つまり、だれがどれだけ支払うかということからSHAの業務を見てしまうことが多々ある。しかし、サービスの提供側である病院関係といかに連携をとっていくのか、ということを計画・実行するのも、SHAの重要な業務の一つなのである。
ちなみに2025年2月27日現在、SHAのCEOであったElijah Wachira氏は職業倫理規定に違反した結果この職を辞任しており、新しいCEOを募集している最中である。その条件として、ケニア国民であること、修士号の学位があること、健康保険業界での10年以上の職務経験があること、犯罪歴がないことの4つを挙げている。
SHIFは健康保険制度なので、保険料を支払っている人が、医療サービスを受ける権利がある。この点はNHIFのころと変化はない。
また、SHIFで受けることができる医療サービスは幅広い分野に対応している。まず、救急治療やプライマリー・ケアと呼ばれる一次治療は、毎月支払っている保険料だけで、追加料金なしでサービスを受けることができる。つまり、ケニア全土の公立病院で救急対応してもらえるということになる。

そして、がんや子供の病気等による終末期の医療サービスもSHIFでカバーされている。終末期の緩和ケアや入院治療はもちろん、在宅ケアまでもSHIFで賄うことができるのである。
加えて、SHIFは目や耳に関する治療も幅広くカバーしている。目や耳の検査費用や基本的な薬、敬称の咽頭炎などもSHIFで治療可能である。
そして、NHIFと比較すると、SHIFの方がより高度な医療サービスを受けることができるということが、一つの特徴となっている。集中治療室(ICU)や高度治療室(HDU)での治療も、SHIFの加入者は追加料金なしで受けることができるのである。
また、メンタルケアやドラックなどからの薬物治療およびリハビリテーションも、SHIFでカバーできることになっている。
そして、SHIFの特徴の一つが、がんやほかの病気などのスクリーン・テストの費用もカバーしていることである。NHIFの下では、病気であるかどうかの検査費用のカバー非常に手薄であった。しかし、SHIFは病気の治療のカバーと同じくらい、病気にならないための検査や予防に関する部門を幅広くカバーしている。
また、SHIFでは保険料だけで、女性の出産に関しても費用をカバーすることができる。つまり、保険料を支払っている女性であれば、基本的には無料で病院などで出産することができるのである。なお、正常分娩のときはもちろん、何らかの問題がある出産の場合も、SHIFで費用をまかなうことができる。
ちなみに、SHIFの下では、腎臓透析も、病院で週2回まで無料で受けることができる。
また、がん患者の場合は、化学療法や放射線療法、MRIやPETと呼ばれる検査費用もSHIFでカバーすることができる。しかし、こうした治療を受けることができるケニア国内の病院は高度な医療設備を持つごく一部だけである。
もちろんSHIFでは、治療で必要な薬代もカバーできる。高血圧や糖尿病のような慢性病の薬はもちろん、がん治療や特殊な治療で使用する薬もSHIFの加入者は基本的に無料である。
参考URL https://kenyainsights.com/explainer-the-difference-between-shif-and-nhif/
参考URL https://magazine.doctorsexplain.net/introducing-social-health-authority-equitable-healthcare-kenya
参考URL https://www.capitalfm.co.ke/business/2025/02/sha-seeks-new-ceo-after-elijah-wachiras-dismissal/
参考URL https://watchdoq.com/blog/post/a-comprehensive-overview-of-healthcare-system-in-kenya-2023
参考URL https://stepbystepinsurance.co.ke/2025/02/24/private-hospitals-withdraw-sha-services-public-servants-left-in-the-lurch/
参考URL https://stepbystepinsurance.co.ke/2024/10/16/a-comprehensive-guide-to-sha-packages-in-kenya/
参考URL https://thekenyatimes.com/health/17-new-benefits-introduced-by-shif-that-nhif-didnt-cover/
参考URL https://www.ey.com/en_gl/technical/tax-alerts/kenya-employers-to-begin-making-contributions-to-social-health-insurance-fund
参考URL https://kenyanwallstreet.com/shif-is-here-health-ministry-at-pains-to-explain-contributions-of-the-unsalaried/
参考URL https://sha.go.ke/
参考URL https://allafrica.com/view/group/main/main/id/00092008.html
参考URL https://www.jitimu.com/2024/02/current-shif-rates-employees-self-employed/
参考URL https://thekenyatimes.com/health/new-shif-tariffs-breakdown-of-amount-available-for-each-health-package-list/
参考URL https://kifedha.co.ke/blog/understanding-the-social-health-insurance-fund-shif-in-kenya/
今回の記事では、2024年10月から発足したSHIFと、この健康保険制度を管理するSHAについて考察した。
アフリカ各国における健康保険制度の中でも、ケニアは比較的長い歴史を持つ国であった。しかし、ケニアで健康保険制度のユニバーサル化に踏み切ったのは今回が初めてのことであり、その仕組みや重要性がケニア国民に浸透するまでには、もう少し時間がかかるようである。
しかし、社会・経済の発展において健康に働ける国民が存在するというのは、非常に大きなアドバンテージとなるのも事実である。その意味では、今回新しくなったケニアの健康保険制度は、経済発展における健康保険システムの役割をリアルタイムで観察することがきる、よい機会となるであろう。
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著者 對馬由佳理
北海道函館市出身、現在スペインのサラマンカ在住。サラマンカ大学でPhD(ラテンアメリカ研究)を取得後は、スペインでライターや通訳・翻訳者として活動中。
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この記事に関するお問い合わせや、アフリカビジネスに関するご相談は、Email [info@aa-healthdynamics.com]までお気軽にどうぞ!
この記事を書いたライター
對馬由佳理
ライター紹介 北海道函館市出身、現在スペインのサラマンカ在住。サラマンカ大学でPhDを取得(ラテンアメリカ研究)後は、スペインでライターや通訳・翻訳者として活動中。
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